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あの頃のこと-Every day as a child

▼この本に関する情報▼
あの頃のこと―Every day as a child/川内 倫子、他(ソニーマガジンズ)

前半が、映画『誰も知らない』の、川内倫子によるスチール写真集となっています。

後半は是枝裕和監督、中村航、湯本香樹実、佐藤さとる、やまだないと、
中村一義、島本理生、堀江敏幸、しりあがり寿らが、子供の時間の記憶について
綴っています。

「あの頃」としてあるのは、"子供らしさ"なるものの枠を一旦外して、
柔らかで不安定な感覚そのものを、形にしようという試みのようです。
映画を観ていなくても、別のものとしてゆっくり読むことが出来ます。

どこかですれ違っていたかもしれないのに、
見ないふりをして忘れたことにしていた、ちいさなひとたちへのまなざしを
取り戻すため、又は自らのちいさかった頃の感覚・感情と対話して、
世界への静かな優しさ・想像力を取り戻す為の一冊、と、そっと受け止めました。

生きものとしての根本的な「幸福感」へ繋がる、細い銀色の糸。
後回しにしているうちに、ふっと見えなくなってしまいそうな。

写真は、水に濡れた砂団子のぐじゃぐじゃの感触や、
鉄棒にぶら下がった後の手のニオイなど、
映画の片隅にしゃがみこんで、再び見つけたような気持ちになりました。

エッセイもそれぞれ丁寧に綴られています。
縁日、金魚、迷子について、応援の詩、当時に戻りたくはない、誕生日についてなど。

最後の、しりあがり寿の「あははははは」と笑いながらの全裸のコドモ大疾走の話は、
般若心経のサビというか、「ゆけゆけどこまでもゆけ」のところに匹敵するくらいに、
愛と生命力が大盛りで、大好きな話のひとつとなりました。
(松本典子)

セックスボランティア

▼この本に関する情報▼
セックスボランティア/河合香織(新潮社)

表題は、<障害者の恋愛を美談として褒めたたえる風潮に疑問>を持った著者が、障害者の性というタブーを取材し、話題をさらったノンフィクション。

まず、導入部分がセンセーショナルだ。脳性麻痺の老人が、彼の命綱ともいえる酸素ボンベをしながら自慰をするビデオテープの映像から始まる。声も出ない、この老人は24時間酸素ボンベが外せない。だが、唯一、風俗店に足を運び、その“行為”をするときのみ、ボンベを外す。性欲とは、命の重さほどにまで大きなものなのか…。性行為もただの日常である健常者には、その必要性や重さを改めて考えることはない。が、障害者にはセックスひとつが闘いであること、それが生々しい描写で描かれていく。臨場感あふれる前半は、著者の筆力の勢いもあって、吸い込まれるように一気に読み進められる。また、障害者に無料でセックスをさせる“セックスボランティア”や風俗業の女性たちを介して性行為を果たす障害者の姿、性介助の先進国ともいえるオランダの現状は話題性もあり、興味をそそられる。

が、それが前面に出ているために、恋愛としての≪障害者の性≫を描いた作品というよりもむしろ、≪障害者と性介助の存在≫を追った作品、という印象が残った。また、取材が困難だったためか、別章でありながら紹介されている人物はそれぞれ同一人物による紹介、といった取材範囲の狭さも見え隠れした。ある一部の周辺にいる障害者を追ったような気すらして、普遍性にも疑問が残った。セックスボランティアの存在は衝撃的だが、障害者の一部の人の性行為であり、大部分ではない。話題性が優先されたのが悔やまれる。

アテネのパラリンピックでの報道をはじめ、世間は障害者を美談として仕立てがちだ。私自身、ある取材で脳性麻痺の障害者の介助をしたとき、スーパーでの買い物ひとつ、障害者には非常に困難なことだと痛感した。手足が不自由ならば排便さえ何時間もかかる。決して美談では済まされない事実が、彼らには沢山ある。だからこそ、障害者の性生活を描くならば、多くの障害者が性生活をどう捉え、世間の目があるなか、どう恋愛に立ち向かっているのかを描いてほしかった。セックスボランティアを利用しながらも、後に健常者の<ゆかりさん>と結婚をした<葵さん>のようなカップルをより多く取材し、その性生活、障害者の恋愛へのハードルなどを綿密に取材し、リアルに描くことが、より障害者を美談ではなく、健常者と同等に考える足がかりになったのではないだろうか。 (春野玲子)

ブルータワー

 『ブルー・タワー』は石田衣良氏初のSFで、氏の作品の中で最長編。小説雑誌用連載アイデアを考えているときに、あの「9・11」が起こったんだとか。
その衝撃の中で作家の想像力は、テロリストたちの想像力をはるかに越え、200年後、2000mの高層タワーという舞台設定が決まった。

 現代から200年後に送られた男がこの世の破滅を救う……。もうこれがギリギリ、バラせるストーリーの限界なのだが、少年テロリストやウイルスが猛威をふるうのは、ある作家の作品群を思い出さなくもない。ある作家とは、村上龍氏のことで『コインロッカー・ベイビーズ』『五分後の世界』『ヒュウガ・ウイルス』が日本の小説世界を広げたうえに『ブルー・タワー』というでっかい塔が立ったとも言えなくはない。そんな気もする。

 しかし、石田氏と村上氏の大きな違いは、石田氏がエンターテイメントを引き受けているのに対し、村上氏は純文学の中で語られてれきたことだ。どっちが偉いとか、そんな話ではなくて、村上氏が『希望の国のエクソダス』以来、決定打を出せないのに対し、『池袋ウエストゲートパーク』でストリートのリアルを、『1ポンドの悲しみ』などで恋愛など一瞬の感情を描いてきた石田氏のタフさは、村上氏のナイーブさと対称をなす。じつは『限りなく透明に近いブルー』が『池袋』と、『ワインの』などが『1ポンド』と対称をなしていると見るのは、考え過ぎだろうか? 余談だが、村上春樹氏の『アフター・ダーク』は村上龍氏がかつてやっていたことに酷似してもいる。

 『ブルー・タワー』に話を戻せば、キーワードは「記憶」だ。忘れるから強くなれる、忘れられないから優しくなれる……。両村上氏も、これまでのいくつも作品でそれをやってきた。そこに石田衣良氏を加えて、日本の小説の大テーマが「記憶」になったのかもしれない。『ブルー・タワー』のサウンドトラックはレディオヘッドの『AMNESIAC』で決まりでしょう。「健忘症の」という意味ですから。 (近藤雄策)

ブルー・タワー
石田衣良著/徳間書店

人脈づくりの科学

ビジネスにおいて「人脈」という言葉を使うときには、その昔の生保のおばちゃんの血縁地縁をベースにしたセールスや、料亭に政治家を招いての密室工作、あるいは社内の出世街道を駆け上がるための派閥回遊といったものを思いこさせる。

そもそも、人との関りをビジネスのために操作するというような態度そのものに、ネガティブな印象をもつ向きも少なくないだろう。しかし、これまでのビジネスを振返って改めて痛感するのは、人のつながりの大切さとありがたさである。特に、自分とは全く異なる世界に切り込む必要があるときには、人脈はいつも不可欠だった。
そうした体験を再確認させてくれ、しかも人付き合いに自信がないビジネスパーソンにも指針を与えてくれるのが、「世界中の誰であっても、6人の介在で到達できる」というような人のネットワークの理論的分析を専門とする東大助教授の最新刊。

「遠くの人との関係を大切にせよ」「異なる社会圏の人々とのかかわりを大事にせよ」「自然にゆだねず、微調整を試みよう」。理論的な研究から出されたこれらのポイントは、ビジネスにおいて人脈を活用する際に実に示唆的である。例えば、年1度のランチ程度の微調整を意図的に実施してでも維持すべき人脈は、毎日顔を合わせる社内の人脈よりも、いざという時に、はるかに有効に機能してくれることが多い。本書は、ビジネスにおける人脈をもっと戦略的に捕らえるよいきっかけになるだろう。
(高橋英之)

人脈づくりの科学
安田 雪著/日本経済新聞社

戦争と平和 それでもイラク人を嫌いになれない

 イラク日本人人質事件では、ネットの怖さを改めて思い知らされた。人質とされた3人は、あくまで被害者であったはずだ。「自衛隊を撤退させなければ、3人を生きたまま焼き、血に飢えた戦士たちの食物とする」この武装グループの声明文こそ、人質3人の身に降りかかった真実だ。

 人質3人が、突きつけられた銃口に脅えていた頃、ネット上の掲示板では「自作自演」の文字が飛び交っていた。それが掲示板への無責任な書き逃げであっても、巨大掲示板はある種の世論を形成してしまう。結局、憶測と推測だけが一人歩きして、何の真実も知らぬままイラク日本人人質事件はフェードアウトしてしまった。

 今でもあの事件を自作自演と信じている人がいるなら、興味本意でいいから手に取ってほしい。本書に描かれるのは拉致された者が語る事実である。(本文より引用)「なんとか助かりたい、彼らに好印象を与えたいと、おまじないのように『トイエップ(おいしい)』と言い続け、食欲はないのに無理矢理、料理を口に運ぶことを繰り返す」「武装グループが『クラーイ!(泣け)』と口々に叫びながら私を蹴り始めた(中略)泣けと強要されたから泣いたのではない。恐怖感がピークに達し、ただ、泣くことしかできなかったのだ」――こんな日々を9日間も過ごした著者が待っていたのは日本中に吹き荒れるバッシングの嵐だった。この本には、憶測でも推測でもない、イラク日本人人質事件の真実がある。 (山下惣一)

戦争と平和 それでもイラク人を嫌いになれない
高遠 菜穂子著/講談社
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