戦争と平和 それでもイラク人を嫌いになれない | 今月の10冊

戦争と平和 それでもイラク人を嫌いになれない

 イラク日本人人質事件では、ネットの怖さを改めて思い知らされた。人質とされた3人は、あくまで被害者であったはずだ。「自衛隊を撤退させなければ、3人を生きたまま焼き、血に飢えた戦士たちの食物とする」この武装グループの声明文こそ、人質3人の身に降りかかった真実だ。

 人質3人が、突きつけられた銃口に脅えていた頃、ネット上の掲示板では「自作自演」の文字が飛び交っていた。それが掲示板への無責任な書き逃げであっても、巨大掲示板はある種の世論を形成してしまう。結局、憶測と推測だけが一人歩きして、何の真実も知らぬままイラク日本人人質事件はフェードアウトしてしまった。

 今でもあの事件を自作自演と信じている人がいるなら、興味本意でいいから手に取ってほしい。本書に描かれるのは拉致された者が語る事実である。(本文より引用)「なんとか助かりたい、彼らに好印象を与えたいと、おまじないのように『トイエップ(おいしい)』と言い続け、食欲はないのに無理矢理、料理を口に運ぶことを繰り返す」「武装グループが『クラーイ!(泣け)』と口々に叫びながら私を蹴り始めた(中略)泣けと強要されたから泣いたのではない。恐怖感がピークに達し、ただ、泣くことしかできなかったのだ」――こんな日々を9日間も過ごした著者が待っていたのは日本中に吹き荒れるバッシングの嵐だった。この本には、憶測でも推測でもない、イラク日本人人質事件の真実がある。 (山下惣一)

戦争と平和 それでもイラク人を嫌いになれない
高遠 菜穂子著/講談社