失踪日記 | 今月の10冊

失踪日記

▼この本に関する情報▼
失踪日記/吾妻 ひでお 著(イースト・プレス)

 

sisso


 
blog「たけくまメモ」で紹介されていて面白そうだったので購入。吾妻さんの他の作品は読んだことがなく、何故かアニメ「ななこSOS」のテーマソングが浮かぶくらいでした。

面白いどころではありませんでした。いきなり失踪先の森の中での自殺未遂から始まります。といっても、描線は丸く柔らかく、そこに至るまでの苦悩をすっぱり削いで、表紙には『全部実話です(笑)』とまで書いてあります。実際ギャグ漫画として面白く読めてしまうのです。恐ろしいことに。今いるところの足場がどんどん崩れて行くのに笑いが止まらなくなるような感覚になりました。
 
鬱となり、死に近づいて行ってるはずなのに、拾った野菜で漬け物作っています。腐ったりんごで暖をとったり、持って出た漫画家道具で簡易コンロ作って煮炊きしたり。
 
あ、お、と声をあげながらの生きる工夫の日々からは、全身で聖なる「なんぎ」を背負う方向へどうしても突き進んでしまう作家のながいながい儀式の最中のような、奇妙なトランス感、充実さえ伝わって来ます。
 
苦悩らしい苦悩に酔うどころではなく、自殺に失敗した後の、ぎりぎりの低出力の中で、生きる勘だけが研がれて行く奇妙にシンプルな世界です。表紙にもなっている、真冬に新雪の中で目覚めるシーン、本人の視覚に忠実な画像で想像すると鳥肌が立ちます。そしてこの絵に昇華されていることに再び辿り着いて、めためたに打ちのめされます。
 
前半では、森の奥にいても頭は冴えているのに、ガス配管工生活を経て、2度目の失踪、アル中、強制入院になって行くにつれて本人の顔に笑いがなくなるのが怖かったです。後半の方はあまりにも怖いので、続巻出るまで判断保留したいです。
 
以前からのファンかどうかは関係なく、なにか創作をしていて、表したいものに真正直でありたいと思っている全ての人、笑いながら様々なスランプの淵を泳ぎ切りたい人へ。
 
あと、少しずつ漫画に情熱を取り戻せたきっかけのひとつとして引用されている「好きなことやってないやつの顔はゆがんでいる」という山下洋輔さんの言葉が焼き付きました。(松本典子)