対岸の彼女 | 今月の10冊

対岸の彼女

▼この本に関する情報▼
対岸の彼女/角田光代 著(文藝春秋)

 言わずと知れた第132回直木賞受賞作。
 公園の母親コミュニティになじめず、うつうつとした日々を過ごしていた30代の主婦・小夜子は、再就職のために訪れた会社で天真爛漫でくったくのない独身社長・葵と出会う。人間関係に臆病になっていた小夜子は、仕事に没頭することと、「ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも、ひとりでいてもこわくないと思わせてくれる何かと出会うことのほうが、うんと大事」と言う葵との交流を通して、次第に心を開いていく。同い年で同じ大学の出身というこの二人の現在の物語に、葵の高校時代の友人との出来事が挟み込まれるかたちで物語は進行する。
 人は年を重ねるほどに本当の友情を築くことが難しくなる。経済力の差、結婚しているかどうかといった環境の違い、それらに対する先入観という大きな壁。傷つかないために踏み込みすぎず、踏み込ませすぎず。他者との上手な距離のおき方を身に付けていくことは、同時に他者との深い心の通い合いを困難なものにもしていく。実際、上辺だけの関係の方が楽だし、人は容易く馴れてしまう。
 しかし、そういった関係に違和感や閉塞間を感じ、一歩踏み込んでいくかどうか。そこには、なんの打算もない思春期をどう過ごしたかが大きく影響するのではないだろうか。他者と真剣に向き合うとはどういうことなのか、自分にとって本当に大切なものは何なのか、そういったことを真正面から考えたかどうか……。自分の中に、近しい人の中に、ぽっかりと空いた空洞。それを目を背けずに直視し、受け入れ、そして乗り越えていくこと。その先にこそ、作品冒頭の「私って、いったいいつまで私のまんまなんだろう」という小夜子のつぶやきへの答えはある。
 違う環境、違う年代の二つの人間関係を、さらに違う視点から描くことによって、女の友情の様々な面をより克明に浮き上がらせることに成功している。単なる友情物語という言葉では括れない感動作です。(カワキタフクミ)