なんくるない | 今月の10冊

なんくるない

▼この本に関する情報▼
なんくるない/よしもとばなな 著(新潮社)

年末に八重山諸島方面へうさぎを撮りに行っていたので、旅の残像と行間から魔法のように立ちのぼる映像が混じり合って、眉間あたりからちゅるっと入って来た気がします。

特に表題作『なんくるない』(なんとかなるさという意味)にやられました。愛犬の死と平行して書かれた作品だそうで、何か淡々としたただならなさを感じました。もし話に破け目があったとしても、そこから絶え間なく移り行く日々への生々しい愛おしさがぼろぼろとこぼれて来るような。

「とても言葉には出来ないような感じのこと」が好きな、元女優でイラストレーターの桃子が「口に出して言える目標」が好きな夫との離婚その他でマイペースへの信頼を無くしかけ、ゆるやかに凹みきった後に訪れた沖縄の食堂で出会った、家業手伝い中の一見ダメっぽく更にバカ正直な青年トラに、何故かその犬の魂が宿っているような気がしました。描写に愛がありました。

ダメというのは、ひとつの物差しで見た時のことばでしかない気がします。勘と五感にうそをつかない、丁寧な発言と愛情表現は彼女や読み手にとってちっとも無駄でもダメでもなかったです。彼の母や姉や周りの人たちも優しくて、食堂のごはんもとてつもなくおいしそうで、まるで『キッチン』に出て来たかつどんの奥にあったものが無理なく島の日常や人々の形に変身しているようでした。

その昔『マリカの永い夜』の一場面(光の中でカーテンが揺れるところ。映像が焼き付いて、思い返す度に、何故か落ち着く)にお世話になりました。そんな体験、された方もいるんだろうなと思います。

各作品を読む度に、直感と細心のバランス感覚で、自分の目を信じて一秒一秒を切り開いて行っていいんだって、いつも勇気が出ます。しんどい状態から、太古のいろんな素朴なお祈りの言葉のような「良心」を思い出させてくれるような間口の広い回復スイッチであり、どの宗教にも属さない説話のようです。いったい何処と繋がっているんだろう・・・。今回もごちそうさまでした。次の「いただきます」がたのしみです。(松本典子)