ギター侍の書 | 今月の10冊

ギター侍の書

▼この本に関する情報▼
ギター侍の書/松井 彰彦著(日本テレビ放送網)

 ギター侍は、凄い。なんといっても「斬り!」と言っておきながら、まったくどこも斬れていないのが凄い。例えばこの『ギター侍の書』から久本雅美に関する「斬り」を引用してみる。

「私、久本雅美。いっぱい番組やってるよ! 恋するハニカミ!・あいのり……毎回ドキドキしちゃう……って言うじゃない?」(振り)
「でもあんた、人の心配してる暇ありませんから! 残念! こんなマチャミをよろチクビ! 斬り!!」(オチ)


 久本雅美が独身売れ残りキャラであることは久本自身が打ち出している売りそのものであり、既にテレビ視聴者の共通認識となるまでに浸透している。「人の心配してる暇がない」のも、久本自身が番組上で毎回のように自虐的にネタにしていることだ。「斬る」という言葉を字面通りに解釈すると「独自の視点で他者を評する」ということになるのだろうが、波田陽区の「斬り」に彼独自の視点は見受けられず、最終的に久本のギャグ「よろチクビ」を再利用して落とすことまで含めて、完璧に共通認識の確認作業に終始している。にもかかわらず、『ギター侍の書』が発売から一月あまりで4版を重ねる売れ行きを見せ、流行語大賞にノミネートされるまでになっているのは何故か?

 昨今、お笑いが「ブーム」だといわれるのは、老若男女幅広い層にアピールした結果だ。より多くの人々に受けるためにはお笑いにセンスなどを問うべきではなく、まず第一に「わかりやすい」ことが求められる。自己啓発本は「元気がないときは声を大きく出そう」「明るい表情が周囲を和ませる」などのわかりきった内容を、あえて大上段から言い切ることで安易な答と安心を与えるから売れるが、『ギター侍の書』も多くの自己啓発本と同じように、「誰もが知っている面白いこと」をメロディに乗せることで真新しい真理のように装飾し、大声で言い切り再確認させることで誰にでもわかる「面白さという安心」を与えているから売れるのだ。

 あとがきで波田陽区は「おもしろくなりたい」と語っている。自分のことが面白くて仕方ないと思っている奴だらけのお笑いの世界で、わかりやすいことしか思いつかないまま今の立場に来てしまったことへの葛藤を吐露しているかのように。ただ、共通認識の確認スタイルが多くの人々に「お笑い、のような安心」を与えているのだから、彼のような芸人がいてもいいのかもしれない。
(掟ポルシェ)