人のセックスを笑うな | 今月の10冊

人のセックスを笑うな

▼この本に関する情報▼
人のセックスを笑うな/山崎ナオコーラ(河出書房新社)

タイトルで赤裸々な告白の本かと思ったら、最初の数行を読み出した所で、足元から「妙」なもやもやした空気が上がってのみ込まれました。空を飛ぶ鳥の足のぶらつきなんて、普段ちっとも見ていなかったから? そしてこのペンネーム。何事かと思い、一気に読み進みました。

19才の「オレ」と、52才の夫のいる39才の美術教師の話だけど、前回の『天使の梯子』が、"物語の原型から背負い投げ"だったら、こちらは全身の関節をひとつずつはずされて、新たな感覚器官をくにゃっと埋め込まれてゆくような快感がありました。

前の席にいて教科書読んでいる優等生というよりも、窓際で指先のささくれをいじってばかりだけれど底知れない雰囲気の生徒といったような。演劇でいうと、北島マヤ?

恋愛と書いたけど、「オレ」は受け身気味だし、前の彼女の編んだマフラー巻いて、唇の皮が破けかけたまま。彼女も毛玉のついたセーターを着て髪はぼそそぼそ。39才のままの39才。笑った時の目尻のシワがかわいいらしい..。細かいもっさり具合の描写が身近で、さらに引き込まれました。

更に、「オレ」の考えは、まるで発明品のようでした。

――「オレは昔、かっこよくなりたい、筋肉を付けたい、としきりに考えていたが、今はゆがみたかった。」

――「オレ」は人生について考えるとき、「自分の中身」や「自分の成功」というようなことより、「サバイバル」という感覚の方が強い。

特に、「好きになると、その形に心が食い込む。そういうことだ。オレのファンタジーにぴったりな形がある訳ではない。そこにある形に、オレの心が食い込むのだ。」
なんて、丁寧な物事の感じ取り方だなあと、ときめきました。座禅しなくても、もう我が溶けていて、前向きなあきらめを持ちつつ、じっくり日々の観察を楽しみつつ生きているような新しさがありました。

目の前の、他人から観たらばかばかしいようなきらめきこそ真剣に見失わずにいたら、大きさはどうであれ、心のあかりを保ったまま生きて死ぬことが出来るだろうという、小説のふりをした生きる奥義の巻物かもしれません。大好きです。(松本典子)