熱情-田中角栄をとりこにした芸者 | 今月の10冊

熱情-田中角栄をとりこにした芸者

▼この本に関する情報▼
熱情-田中角栄をとりこにした芸者/辻和子(講談社)


 本著は神楽坂の元芸者で、田中角栄元首相との間に二男一女をもうけた辻和子さんの回想録。現在77歳の著者は、実家の家業の失敗により8歳で芸妓置屋「金満津」の養女となり、14歳でお座敷に上がり、19歳のとき、当時28歳だった田中角栄に見初められた。以来、47年間、角栄を陰から支えた女性として知られる女性である。

 角栄氏を「おとうさん」と呼び、出会った当時から氏が亡くなるまでのことを静かな愛情を持って振り返る姿は、妾というより、普通の夫婦同然に夫を愛した妻の思い出録といったところだ。後に二人の間に生まれた長男が「父がいつも家にいないのは多忙だからだ」と思い込んでいたとあるが、子供にとっても妾の子という意識がなかったほど、二人の関係はごく自然なものだったようだ。

 <昔は、「旦那さん」、つまり、経済的な援助をしてくれるパトロンを持つことで一人前、つまり名実ともに一本の芸者になったと認められたものです>と著者が語るように、当時は妾芸者も珍しいことではなかった。それこそ、旦那さんを持った暁には、芸者総出でお披露目会が行われたという。だからこそ、著者は田中家にも公の存在だった。

 が、実際には田中家との確執は深く、いくつかのエピソードを本著で語っている。角栄氏の父親が「同じ孫だから」と、著者の長男と当時11歳だった本妻の長女である眞紀子氏と顔合わせの会を催すと眞紀子氏が突然泣き出したこと、85年に角栄氏が脳梗塞で倒れた後は連絡が取れない日々が続いたこと、そして角栄の葬儀のとき、著者は列席を遠慮したものの、長男が門前払いをくらったこと……。このほかにも、他人の座敷に上がると平手打ちをしたという氏の嫉妬深さや、ロッキード事件当時のことが描かれ、角栄氏に関心がある人にとっては、素顔を垣間見ることができ、興味深いだろう。また、戦後間もない神楽坂での花柳界の様子も詳しく描かれ、当時を知る術としても面白い。

 ただ、角栄氏と出会うまでの幼少時代の話がやや長く、著者自身に関心がないとやや退屈。また、著者の柔らかな語り口からはバラエティに富んだエピソードも時に緊迫感に欠けることがある。さらに、これだけ角栄に愛された日々を吐露されると、女性読者ならば、本妻や田中眞紀子氏のことを思い、複雑な気持ちになる人もいるかも……。(春野玲子)