バグダッドバーニング | 今月の10冊

バグダッドバーニング

▼この本に関する情報▼
バグダッドバーニング/リバーベンド (アートン)

 つい先日、アメリカのパウエル国務長官が、「イラクには大量破壊兵器はなかった、これからも見つからないだろう」という見解を発表した。ちょうど本書を読んでいた私は、その中に綴られているバグダッドの現状と、テレビで語られた「今さら」な言葉との間で、なんともやりきれない気持ちでいっぱいになった。

『バグダッド・バーニング』は、バグダッドに住む24才の女性によって綴られた、ブログ上の日記である。著者名「リバーベンド」はネット上の名前、本名は明かされていない。

 日記は去年の8月、こんな言葉から始まっている。
「……警告しておこう。不平と暴言をたっぷり覚悟して。」

 そう、日記は怒りに満ちている。「解放」の名を騙った「占領」に対する怒り、祖国を切り売りするような統治評議会に対する怒り、台頭する原理主義に対する怒り、停電と略奪と誘拐と殺人と人権蹂躙に対する怒り………。それらを、ときには豊富な知識を駆使しながら論理的に、ときには皮肉とユーモアを込めて痛烈に語ってゆく。
死と隣り合わせの戦時下(あえて、戦時下と言おう)に暮らす張り詰めた著者の頭脳は、現状を鋭く抉り、欺瞞や逃げを容赦なく切り捨てる。

 日本に暮らす私たちには、目からウロコの現実がそこには溢れている。元プログラマーの彼女は、(電気が通じさえすれば)ネットやテレビの情報をチェックし、イラクの現実が世界に正しく伝わっていないと訴える。目の前で歴史ある祖国が蹂躙されるのを見ていなければならない彼女の嘆きは、読む者の心を打つ。
「アメリカやヨーロッパのテレビ局は、死んでいくイラク人を見せない。(中略)でも、見る“べき”だ。アメリカよ、見るべきだ」
「どうして、イラク人や米軍兵士の死体を見せるのはいけなくて、9月11日の惨事を繰り返し見せるのはかまわないの?」


 そう、誰もが想像できるように、メディアの報道は片寄っている。この本は、数少ないイラクの庶民の声をまざまざと伝えてくれる貴重な一冊だ。

 しかし、私がもっとも胸を突かれたのは、それらの中にごくたまにまぎれこんでくる、場違いなほど美しい瞬間の描写だ。
「この頃、いいお天気が続いている。小さな庭で停電の夕べを過ごす。プラスティックの椅子とテーブルを出して、空を見上げる。夜空はこのところずっと晴れていて、星がきれいに見える。E(著者の弟)は、“星数え”プロジェクトを思いついた。家族それぞれに空を分配して、各自の区画の星の数を数えさせようというもの。私はといえば、“こおろぎ合唱団”を始めることを考えている。枯れたバラの茂みに隠れている6本足の音楽家たちと……」

 どんな悲惨な事件の告発より、こんな場面に私の心は激しく揺さぶられる。なぜなら、ひとりの女性としての彼女が持つ繊細で豊かな感性のきらめきと、底知れぬ悲しみをそこに見るから。願わくば、平和で心安らか生活の中で綴られた彼女の著作が読みたい。そんな日がくることを、心から願わずにはいられない。 (カワキタ フクミ)