袋小路の男 | 今月の10冊

袋小路の男

▼この本に関する情報▼
袋小路の男/絲山 秋子著(講談社)

帯に「現代の純愛小説」とあったが、表題の「袋小路の男」は軒並みヒットしている純愛小説とは一味違う異色作。誰もが感動するラブストーリーではなく、好き嫌いが分かれる物語ではないかと思う。

主人公と片想いの相手(=袋小路の男)の12年間が淡々と綴られていくのだが、特に感動で涙するような出来事や描写はほとんど出てこない。まず、袋小路の男は体温を感じられないようなクールな人物だし、12年間、一人の人を思い続けた主人公の恋心すらもどこか客観的で淡白に感じてしまう。でも、不思議なことに、読み進めていくうち、私は袋小路の恋物語にぐっと引き込まれてしまい、ラストではしっかり胸が熱くなり涙してしまった。

ドラマチックで泣かせるラブストーリーも私は大好きだが、それは映画やドラマでの話で共感するところは少ない。この「袋小路の男」の中に描かれているような日常生活こそ、私たちが胸を痛め、心を熱くしているリアルな恋愛なのだと思った。

表題作以外も、誰もが体験しうる日常生活を舞台に淡々と語られていく物語が2作収録されているが、いずれも心の動きが実に繊細に描かれており、いずれも「もし私が同じ立場だったら……」と勝手な想像力を働かせて、共感しまくったのはもちろん、絲山秋子さんの才能に感動しファンになってしまった。すでに様々な分野から注目を集めている作家さんだが、まだ読んでいない方は(特に女性)『イッツ・オンリー・トーク』(コミカルで笑えます!)から是非手に取ってみてほしい! (トウマキョウコ)